
第29回中之島映像劇場「戦争と映像|Wars and Images」
政治学者のメアリー・カルドーは、20世紀末のグローバリゼーションの文脈の中で台頭した組織的暴力を「新しい戦争」と呼びました。それは「異なる言語、宗教、部族集団間の戦争のようにみえる」ものであり、しばしば紛争や内戦とも呼ばれますが、その本質は「自集団中心主義的なアイデンティティ・ポリティクスを標榜している集団が協力し合って、市民性(civility)や多文化主義といった諸価値を抑圧している戦争」だと、カルドーは分析しました[1]。
第29回中之島映像劇場「戦争と映像|Wars and Images」は、アイデンティティ・ポリティクスに直結するイメージの生産、発表、保存、批評において、美術館という記憶装置の担う役割を意識して企画しました。その端緒となったのは、1970年に米国から日本に「無期限貸与」という形で「返還」された戦争記録画を含む、美術に蓄えられた記録をもとに、戦後80年という節目を迎えて新たな戦争の記憶を紡ぎだすことを試みた、東京国立近代美術館の企画展「コレクションを中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ」(会期:2025年7月15日〜10月26日)です。
「あの日のあれは、まさに映像を伴わない音として私たちに与えられたことに決定的な意味があったのである。私たちの映像の歴史は、どんな映像が存在したかということより、どんな映像が存在しなかったということの歴史なのである。[2]」大島渚(1932〜2013年)は、終戦がテレビではなく、ラジオ放送によって公表されたという事実に対してこのように指摘しました。大島の言うとおり、日本国民にとって第二次世界大戦の終わりは「映像のない終戦」でした。しかし、戦争そのものを記録した映画は存在します。第29回中之島映像劇場「戦争と映像」の第1部では、第2次上海事変を記録した《上海》(1938年)、日本占領下の北京を撮影した《北京》(1938年)、武漢攻略作戦(1938年)の従軍記録映画《戦ふ兵隊》(1939年)の日中戦争三部作を制作した、亀井文夫(1908〜1987年)を取り上げます。まず、『戦争映画の誕生』(人文書院、2025年)を上梓した大月功雄氏(立命館大学人文科学研究所客員研究員)を講師に招き、亀井の戦争ドキュメンタリーについて「戦争ドキュメンタリーの詩学―亀井文夫における沈黙の抵抗」をテーマに解説をいただきます。その後、厭戦的な哀感が強すぎるという理由で公開禁止となり、1975年まで日の目を見られなかった《戦ふ兵隊》(国立映画アーカイブ所蔵)を上映します。
第2部は、メディアに媒介された戦争をめぐる現代美術の作品で構成されています。その幕を開くのは、ハルーン・ファロッキ(1944〜2014年)の《消せない火(燃え尽きない火焔)》(1969年)です。ベトナム戦争に関するこの作品が示唆する軍事技術と産業技術の相関関係、そして映像と記憶と事実との向き合い方は、いまなお考えるべき問題です。それに続くヒト・シュタイエル(1966年生まれ)の《November》(2004年)は、トルコにおけるクルド人の独立闘争の中で逮捕された友人、アンドレア・ヴォルフ(1965〜1998年)の失踪と死に言及します。個人の記憶と交差しながら全地球を旅する英雄のイメージ(traveling images)は、シュタイエルの影響力のあるイメージ論と共鳴しつつ、21世紀の映像文化を映し出します。そして、権力による暴力事件を検証して芸術の場で公開する研究機関フォレンジック・アーキテクチャー(Forensic Architecture)の一員でもある、ローレンス・アブ・ハムダン(1985年生まれ)が発表した《くるまれた鋼》(2016年)は、2014年にヨルダン川西岸地区で武装していない10代のパレスチナ人2人が、イスラエルの兵士によって射殺された事件とその裁判を扱っています。観客は、声なきものの死を、証人、裁判官、弁護士のやり取りや音源データなどの証拠を通じて耳で追体験します。そして、見る側に紛争と人権のあり方を考えさせるもう一つの作品が、エルカン・オズケン(1971年生まれ)の《紫のモスリン》(2018年)です。イスラム過激派勢力イスラム国(ISIS)の脅威から逃れ、イラク北部に避難したヤジディ教徒の女性たちとの「協働」から生まれたこの作品は、暴力の被害者たちに耳を傾ける行為の尊さと重さを同時に伝えてくれます。
かつて大島は、過去の歴史と新しい映像の時代がどれだけ連続して、どれだけ断絶しているのかと問いかけました。それから半世紀後を生きる私たちは、戦争と映像をめぐるこの本質的な問いに対して、どのように答えることができるのでしょうか。
[1]メアリー・カルドー、『新戦争論』、山本武彦・渡部正樹訳、岩波書店、2003年、13頁
[2]大島渚、「敗者は映像を持たない」、『体験的戦後映像論』、朝日新聞社、1975年、14頁
プログラム
第1部 講演と上映
11:00-11:35
講演「戦争ドキュメンタリーの詩学―亀井文夫における沈黙の抵抗」
大月功雄(立命館大学人文科学研究所客員研究員)
11:40-12:50
亀井文夫《戦ふ兵隊》(1939年、66分、国立映画アーカイブ所蔵)
第2部 上映
14:00-15:35
ハルーン・ファロッキ《消せない火(燃え尽きない火焔)》(1969年、25分)
ヒト・シュタイエル《November》(2004年、25分)
日本語字幕素材提供:ASAKUSA
ローレンス・アブ・ハムダン《くるまれた鋼》(2016年、21分47秒)
日本語字幕素材提供:山形国際ドキュメンタリー映画祭
エルカン・オズケン《紫のモスリン》(2018年、16分28秒)
日本語字幕素材提供:ハン・ネフケンス財団
開催概要
〈開催日〉
2026年3月15日(日)
〈時間〉
[午前]第1部 11:00開始-12:50終了予定
[午後]第2部 14:00開始-15:35終了予定
各部入れ替え制
開場は各部開始15分前
〈主催〉
国立国際美術館、国立映画アーカイブ
〈協賛〉
公益財団法人ダイキン工業現代美術振興財団
〈会場〉
国立国際美術館 地下1階講堂
〈参加費〉
無料(各部先着100名)
当日10:00から地下1階インフォメーションにて整理券を配布します(1名様につき各部1枚)




